伊藤博文 近代日本を創った男 (講談社学術文庫)無料ダウンロードkindle

伊藤博文 近代日本を創った男 (講談社学術文庫)

, 伊藤 之雄

平均的な顧客フィードバック : 3.8 5つ星のうち(25人の読者)
ファイルサイズ : 29.3 MB

伊藤博文 近代日本を創った男 (講談社学術文庫)無料ダウンロードkindle - 内容紹介 初代総理大臣として内閣制度を創設し、みずから中心となって大日本帝国憲法を制定しながら、木戸孝允や岩倉具視らの間をたくみに世渡りして出世した「軽佻浮薄」な人物、あるいは、旧憲法によって民主化の道を狭め、韓国では民族運動を弾圧した権力者、といったイメージで語られてきた伊藤博文。日本近代政治史の第一人者である著者が、歴史学の最新成果をふまえて、伊藤の全生涯と「剛凌強直」たる真の姿を描き切る、決定版評伝。初代総理大臣として内閣制度を創設し、みずから中心となって大日本帝国憲法を制定した伊藤博文の本格的評伝。幕末維新、岩倉使節団、西南戦争、明治十四年の政変、条約改正、立憲政治の確立、日清・日露戦争、そして韓国統治・・・。伊藤博文の68年の生涯は、近代日本の草創期にそのまま重なっている。まさに「近代日本を創った男」であるにもかかわらず、本書が登場するまで、伊藤の本格的評伝はほとんど書かれることがなかった。そればかりか、木戸孝允や岩倉具視ら有力者の間をたくみに世渡りして出世した「軽佻浮薄」な人物、あるいは、旧憲法によって民主化の道を狭め、韓国では民族運動を弾圧した権力者・・・といったイメージで語られ続けたのである。本書で、日本近代政治史の第一人者である著者は、書簡や日記等の一次史料を渉猟し、歴史学の最新成果をふまえて、伊藤の全生涯と、「剛凌強直」たる真の改革者の姿を描き切った。その後の伊藤博文のイメージを一変させた決定版である。(2009年に講談社から刊行された同名書籍の文庫化) 内容(「BOOK」データベースより) たくみな世渡りで出世した「軽佻浮薄」な人物、明治憲法で民主化の道を閉ざし、韓国では民族主義を弾圧した「保守反動」の権力者、節度を欠く女性関係―。こうした従来のイメージは、この男の実像を正しくとらえているのだろうか。冷徹な歴史家の視線で、その全生涯と「剛凌強直」たる真の姿を描き切る。「伊藤博文像」を一変させた初の本格的評伝。 著者について 伊藤 之雄1952年、福井県生まれ。京都大学大学院文学研究科修了、現在、京都大学大学院法学研究科教授。主な著書に『日本の歴史22 政党政治と天皇』『元老 西園寺公望―古希からの挑戦』『山県有朋―愚直な権力者の生涯』『明治天皇―むら雲を吹く秋風にはれそめて』『昭和天皇伝』(司馬遼太郎賞受賞)『原敬―外交と政治の理想』などのほか、編著に『原敬と政党政治の確立』などがある。 著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より) 伊藤/之雄 1952年、福井県生まれ。京都大学大学院文学研究科修了、博士(文学)。名古屋大学文学部助教授等を経て、京都大学大学院法学研究科教授。主な著書に『昭和天皇伝』(司馬遼太郎賞受賞)などがある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 続きを見る
伊藤博文 近代日本を創った男 (講談社学術文庫)を読んだ後、読者のコメントの下に見つけるでしょう。 参考までにご検討ください。
.我国における伊藤博文研究の第一人者による「博文概論」であり、本書には以下の特色があります。1.直筆書簡など丹念に国会図書館等の一次資料を参照しており、「伝聞」や「推測」による記述がないこと2.英雄の生涯としての一方的な賛美論や、朝鮮侵略者としての非難論ではなく、視点が客観的であること3.政治的業績とともに、伊藤博文の「人間性」にも迫り、複眼的に伊藤像を捉えようとしていること周到な「事実」の検証から実際の伊藤像を忠実に描き出し、結果として本書の「近代日本を創った男」というタイトルが、額面通りであることを綿密に実証し得ています。.明治初年に新政府へ 郡県政治(廃藩置県) の構想を提言し、岩倉から「貴兄は我が師」とまで称賛されたこと、明治天皇からの信任がきわめて厚かったこと( 言葉を撰ばず言えば、「明治」とは息の合った二人の「二人三脚」であった )などに加え、塙次郎や鹿鳴館の華・戸田極子とのエピソードに至るまで、客観的な史料に基づき論述されています。.そもそも伊藤の政治家としての資質を列挙すれば、1.薩摩・長州・公家を問わない人脈形成力・・・元勲の中では井上は別格として、大久保利通・岩倉具視と肝胆相照らす親密な関係を築いています。2.明治日本への冷静かつ客観的な自己認識・・・日露戦争の終結以降も満州に駐留し続けた陸軍(山県・児玉)に対し、「 早期撤収 」を説く国際感覚。・・・ 明治39年5月22日「満州問題に関する協議会」における伊藤の発言は、以下。「満州は決して我国の属地ではない。 満州行政の責任は宜しく之を 清国政府に負担せしめねばならぬ。」3.外国との交渉力・危機管理能力・・・甲申事変や日清戦争後の条約交渉、日露戦争勃発後の対米工作(⇒我国初のロビイスト活動)等。4.明治天皇からの厚い信任 ( 近代化政策の推進に有効に反映 )・・・ドイツ欽定憲法をベースにしながらも、運用実態を大臣の輔弼制の導入によってイギリス流の立憲君主制 「君臨すれども統治せず」に近いものに出来たのも起草者への天皇からの信任あればこそであると思います。・・・明治二十三年に下野した際、明治天皇から以下詔書を賜る信任関係にありました。 「 朕卿ヲ俟ッテ久シ 卿宜シク深考熟慮シ 速ニ廟堂ニ出テ 朕カ不逮ヲ翼賛セヨ 」・・・また、明治三十七年二月四日 日露開戦を決した御前会議において、以下お言葉を賜っています。 「 伊藤は必ず朕が左右に常侍して、この大戦に随伴する外交その他の重要国務に就いて朕を輔翼せねばならぬ。 一歩も東京を離れる事を許さぬぞ。」 ・・・伊藤は、自ら別途次の如く記しています。 「 毀誉褒貶 軽如羽毛上有一人 下又一臣 」・・・上一人・下一臣の句に誠忠と透徹した覚悟が窺えます。5.現実を見据えた 漸進的進歩主義・・・議会開設後、早期から「藩閥政治」から「政党政治」への移行の必要性・必然性を認識しており、 後年自ら政党「立憲政友会」を立ち上げています( 山縣有朋は 最後まで政党嫌いでした )。6.人材を選抜・登用する眼力および人材養成制度の創設・・・陸奥宗光、原敬、西園寺公望 等。又、広く人材を募る 養成機関( 帝国大学 )を設置。など、 清廉な金銭感覚も併せ、どれをとっても、「 歴史に残る第一級の政治家 」 であったと強く感じます。.幕末の英国留学(いわゆる長州ファイブの一人)、井上馨との英国行き船中のエピソード、憂国の思いで井上と共に帰国、外国艦隊と長州藩 交戦前夜の息詰まる和平交渉などの若き志士・伊藤の熱血あふれる行動 等、本書は単なる明治元勲の 「業績評価」 に終わらぬ 「読み物」 としての魅力を兼ね備えた作品となっています。.・ ・ ・ なお、本レビュー標題の『 酌が悪いと、酒が不味い 』とは、日本を、人生を、そして酒をこよなく愛した伊藤が、 「 夕餉の酒盃は、上品な女性の手によるお酌を好んで 」 ( ⇒ 大抵の男性がそうだとは思いますが・ ・ ・)、折に触れ 洩らした言葉だそうです。まさに、 天下の 「 御前様 」 にして言える、粋なセリフ ではないでしょうか。但し、伊藤を知る多くの人の意見では 「 女性に対しては極めて恬淡とした態度 」 であり、巷間の 「 艶話 」 は大分誇張があると思います。.幕末維新の志士であり、討幕後の日本の近代国家創設を 企画・立案・実行し その最大の功労者であった伊藤は、極めてopen−minded な 魅力あふれる人物であり、その盛大な人生を明るく謳歌した epicurean でもあったのです。..参考(出版物)として、以下。・「 伊藤博文秘録 」 (伊藤博邦監修 平塚篤編 春秋社)・ ・ ・ 正・続、伊藤家の遺稿に関係者が寄稿。天覧に浴しました。・「 伊藤公を語る 」 (金子堅太郎述 平塚篤編 興文社)・ ・ ・ 明治憲法起草者の一人 金子伯の回想録。敬慕の念に溢れる佳品。・「 伊藤候演説集 」(日報社 編) ・ ・ ・ 明治三十二年刊。伊藤の eloquence の魅力を今に伝える演説集。・「 維新風雲録伊藤・井上二元老直話 」 (末松謙澄編岡村書店) ・ ・ ・女婿・末松の聴取による維新当事者の貴重な証言。・「 伊藤公直話 」(小松緑編千倉書房)・ ・ ・ 長州藩志士の「英国公使館焼討ち事件」は、酒席における伊藤の十八番。・「 明治史實外交秘話 」 (小松緑 著中外商業新報社) ・ ・ ・ 伊藤の知遇を受けた外交官による、明治外交エピソード集。.
de 伊藤 之雄
3.8 5つ星のうち (25 人の読者)
多くの人々はこれらの本をPDF形式で[ダウンロード]本タイトルをダウンロードしたり、無料の本を入手するためにタイトル本電子ブックPDFをダウンロードしたりするなど、いくつかのクエリで検索エンジンでこれらの本を検索しようとします。 検索クエリでより良い結果を得るには、検索クエリ 伊藤博文 近代日本を創った男 (講談社学術文庫) Download eBook Pdf e Epub または Download 伊藤博文 近代日本を創った男 (講談社学術文庫) PDF を使用することをお勧めします。

0コメント

  • 1000 / 1000