ロックとマック 東日本大震災で迷子になった犬 (角川つばさ文庫)

本書は、2011年3月11日の東日本大震災に際しての「高齢かつ病気で、視力を失った状態で、飼い主（生存）とはぐれてしまった犬（宮城県・美里町）」と「福島第一原発・第二原発から10キロ離れていない場所で、動物病院を営む一家が飼っていた3月13日に出産を予定していたメス犬（自然分娩は不可能で、帝王切開が必要と事前に判断されていた）と、震災の時にその動物病院に入院していた3匹の犬（福島県・富岡町）」に関する、ほぼ実話である２つの物語から成っています。本書は「ジュニア文学」として上梓されたものですが、大人である私が読んで特に感じ入ったのは、二番目の物語で描写されている「４匹の犬を救うために身命を賭した、ある獣医師の責任感と勇気」です。「地震の翌日未明、富岡町役場から「避難指示」が出た。『津波で原発の一部が壊れ、放射能が漏れている恐れ』としか判明していない。獣医師は『避難所に原則として動物は連れて行けない。すぐに原発が落ち着いて帰れるだろうという判断で、妻子と共に避難した。出産間際の自分の飼い犬一匹だけなら、避難先に連れて行けたのだが『入院している犬３匹も併せて連れて行くのは無理。なら、自分の犬だけ連れて行く訳には行かない。』と判断し、４匹の犬に、３日分程度のフードと水を置いて避難した」「その後、原発の状況は悪化の一途を辿り、富岡町は『立ち入り禁止区域』に指定された。妻子や他の町民たちと避難所にいた獣医師は『動物病院に帰れない＝四匹の犬を見捨てざるを得ない』ことが分り、愕然とした」「獣医師は、避難して1週間が経過した時に『避難命令を無視する訳には行かないが、犬たちを見捨てることは出来ない』と決心して、妻子以外の誰にも言わず、単身で、避難所から動物病院に向かった。放射能を浴びることは覚悟の上だった」「クルマを運転して動物病院に着いた獣医師は、出産間近だった飼い犬は子供を産めずに死んでいるだろうし、他の犬たちも餓死しているだろうと覚悟していた。しかし、飼い犬は自分の力で『産屋』を作って自然分娩に成功して、産んだ子犬と共に生き残っていた。３匹の入院犬のうち２匹は、飢えと渇きで衰弱していたが、フードと水を与えられて元気になった。心臓病で入院していた１匹は、獣医師が到着した時はまだ息があったが、獣医師がフードと水を準備している間に息を引き取ってしまった」「獣医師は、不可能と思われた自然分娩を果たした飼い犬、産まれた子犬、生き残った入院犬２匹の計４匹をクルマに乗せて避難所に戻り、『動物保護シェルター』に託した」獣医師は、既に死んでいる可能性の高い４匹の犬のために、放射能を浴びる危険を承知で、身命を賭して、「立ち入り禁止区域」内に独断で入り、生き残った３匹＋産まれた子犬１匹を救出した訳です。これは、戦争中の特攻隊に匹敵する自己犠牲精神の発露と言えるでしょう。本書では「Ｗ獣医師」と匿名になっておりますが、この「勇敢なる獣医師」に心からの敬意を表します。また、本書では、多くの被災した犬や猫たちが、手弁当で立ち上がった動物保護団体や獣医師チームに保護されて生命をつなぎ、無事に飼い主の元に戻り、もしくは新しい飼い主の元で安住の地を見つけたことが記されています。本書には記されていませんが、地震の被害が軽微で済んだ、仙台市の「動物管理センター」も、被災ペットの保護のために最大限の努力を重ねたことを存じています。そうした方々にも、深甚の敬意を表します。